2017.11.19
8418文字 / 読了時間:10.5分程度
帽子の中のふにゃふにゃな歴史

京観の調査

[263]

 鄧艾は、綿竹の郊外に、自らの勝利と虐殺を記念して京観を建てた。
 その京観の素材の大部分は名もない兵士たちで構成されていたが、なかには有名な人物の死体も含まれていないわけでもなかった。

      *

[347]

 東晋の桓温の蜀征伐に従軍して蜀を訪れていた孫盛は、この京観に興味をもち調査を行った。

      *

 京観内世界とは、どのような世界なのか。
 孫盛はその問題について調べるため、ある日、単身で綿竹の京観を訪れた。
 京観は、塔のような姿で森のなかを空に向かって聳え立っていた。
 白い雲が京観の上を流れてゆく、その光景はこの建造物の血に塗れた由来を忘れさせようとするかように穏やかであり、まるで私を欺こうとしているかのようだ――と孫盛は警戒心を強めた。
 孫盛は、生来疑り深い性質ではあった。

      *
 
 とはいえ、鄧艾が建てた京観は、八十年以上の時の流れを経て、かなりあちらこちらが崩れかけていた。
 廃墟になりつつある京観。
 早く調査を終わらせることができなければ永遠に失われるであろう、数々の真実。
 そのような危機意識に促されるかのように、孫盛は精力的に京観の調査を進めていった。
 どんな石も一度はひっくり返されたし、石の裏にはりついている日常的にごくありふれた虫であってもその足が何本生えているかまで、孫盛は逃さず確認していくことを怠らなかった。

      *

「この蝉の死骸は、足が奇数本しかない。あらゆる生物の足は偶数であると決まっているのに、これはなんとも奇妙なことではないか。怪しいな……」
 孫盛が蝉の死骸を指で摘んでそんなことをつぶやいていると、夕日を浴びる森のなかをひとりの幽鬼が通り過ぎていくのが見えた。
「おい、待て、そこの幽鬼。私の目はごまかせないぞ。抵抗しなければ、穏便にすませてやらんでもないが」
 孫盛に唐突に声をかけられて、その幽鬼は立ち止まり、孫盛のほうを振り返った。
 孫盛は続けて尋ねた。
「君は、もしやこの京観内世界に居住する幽鬼ではないかね。私は今、真理の探求のためこの京観を調査しているところだ。そうであれば、ぜひ協力してもらいたい」
 森の木の影の中で、幽鬼は黙ったまま孫盛の方を見ていた。
「君、私の声が聞こえないのかね。それとも、言葉が通じないのか。あるいは、単なる礼儀知らずか、いずれに該当するかははっきりさせてもらいたいんだがね」
 すると、幽鬼は孫盛に答えた。
「口の聞き方がなっていないのは、そちらの方ではないか。私に手を貸してもらいたいというのであれば、まずはそちらから名を名乗るべきではないか」
 この幽鬼は、思ったより利発そうだということに喜んだ孫盛は、言われるままに自己紹介をはじめた。
「いや、失礼。思ったより若いようだが、なかなか理にかなった受け答えができるではないか。それでは私が何者か、説明させていただくとしよう。――私は孫盛という名の歴史家だ。蜀の歴史を調べるために、ここまでやってきた。先ほども言ったが、君はこの京観の住人ではないか? 私は京観内世界について一つの仮説を立てている。だが、今まで一度も実際に京観の中に入ったことも、また京観内世界に住んでいる人物に出会ったこともなくてね。だから、話を聞かせてほしいし、また検証させてもらいたいということだ。真理の探求のため、君が私に必ず協力してくれることを期待している」
 孫盛が熱心に語ると、幽鬼は続けて答えた。
「真理の探求も悪くないとは思いますが、だからといって私が他人のためにただ働きをしたいと思う理由にはならないですね。何か良い条件を提示していただけますか?」
「確かにそれも一理はあるといえるだろう。君は、その話しぶりからして、生前は一廉の人物であったに違いない。私はそういう点は常に見抜くことができて誤ることがない。君の名前を聞かせてもらえないだろうか。もしかすると、私は姓を聞いただけで名前や出身地も言い当てることができるかもしれないな」
「べつに言い当ててもらわなくて結構ですよ。そんなことは私はよく知っていることですから、聞いても何の驚きがあるわけでもない。私は諸葛尚です。父は……」
「ああ、もういい。言わなくてもわかった。君の父親は諸葛思遠(諸葛瞻)だろう。綿竹で父子ともども鄧艾に敗れて戦死したわけだが、そうか、君は死後、鄧艾の京観に入っていたのか。これは良い調査の成果だといえるだろう。ふむふむ、では他に有名な人物はいるだろうか。君の父親もここに?」
「父はここにはいませんよ」
「ではどこに?」
「父の遺骸は回収されて持ち帰られ、普通に埋葬されましたから」
「なるほど」
「父に用があるのですか?」
「今回の目的はあくまで京観内部の調査が主だ。ここにいないのであれば、今回は特に彼に用はないな」
「そうですか」
「では、君には京観内世界がどのようなものか、詳しく報告してもらいたい。交換条件としては、私の書き残す歴史書に、君の人生や語ったことを余すことなく書き記すこととしよう。私は曲筆はできない性質と信念の持ち主なので、残念ながら事実に反することを書くことはできないが……」
「まあ、それでいいですよ。ただ、立ち話もなんですから、場所を変えませんか。私の死体は全部がこの京観に入れられたわけでもないので、いささか幽鬼的な体質として虚弱なのです」
 諸葛尚はそう言うと、京観とは逆方向の、森の奥の方を指差した。
 言われてみれば、この諸葛尚は確かに随分やせ細った体格をしていた。
 そのせいか、彼の享年は十七歳だったが、それよりも更に若く見えるのだった。
「森の方になにかあるのか?」
 孫盛が尋ねると、諸葛尚は、
「森の中に我々が外でくつろぐための東屋を作ってあります。お茶も飲むことができますよ」
「なるほど。京観は、私の想像より多少快適な環境なようだ」
 孫盛は、ぶつぶつつぶやいた。
「出ることができないわけではないですからね。ですから、むしろ今でもあそこに住み着いているような物好きは、私以外にはほとんど残っていないですよ。私の他には、帰るところのない者、故郷に帰りたくない理由をもった者くらいですね」
「では、何故君はここに?」
「ここからどこへも移りたくなかったから、でしょうか。ここは私にとっては決して快適ではなく牢獄のような場所ではあるけれども、私にもっともふさわしいのはこの牢獄なのではないかとね、そうずっと考えているのです」
「自ら狭い了見で、わざわざ牢獄に閉じこもる。決して賢明とはいえないのは確実だが、まあそれが君の存在の本質だというのであれば、それを邪魔するつもりはない。では、君の今の言葉はそのまま書き留めて後世に伝えるようにしよう。――私は歴史家たるもの、二千年や二万年くらいの先のことは常に念頭にいれて行動しなければ話にならないと考えている。二千年後、誰かが君の今の言葉を、どこかで読む瞬間が来るだろう。あるいは、彼は声に出して朗読するかもしれない。この反復という動作は、歴史という生物の食事や睡眠のように重要なものだ」
 孫盛は、大きく身振り手振りを交えながら、諸葛尚に語った。

      *

 二人は肩を並べて、森の中を歩き続けたが、やがて、東屋に辿り着いた。東屋の近くには小さな滝があった。
 孫盛は、幽鬼の諸葛尚とお茶を飲みながら、京観内世界の構造を聞き出した。

      *

 京観内世界の構造について――。
 諸葛尚が語るところによると、京観内世界は次のような構造だという。
 ――.京観内世界は六角形の形をしていて、内部を移動するための階段が一つあり、窓はなく、壁には住人の魂を収めるための棚が一面に設えられている。棚に覆われた壁面はひどく書庫に似ている。あるいは、この秘密を知らない限り、書庫にしか見えず、むしろ書庫以外の何者でもない……。
 孫盛が確認したところの京観内世界。
 京観の外観は、その建設者の設計図どおりではあるが、時の経過につれ、内部は著しく変容する。しかし外部の人間にはその変化した世界を見ることはできない……。

      *

 孫盛の京観仮説。
 京観は、彼が最も高い評価を与えている歴史書である「春秋左氏伝」によると、その時代にもまた現在行われているのと同じように、戦勝記念として作られていた。
 しかし、それ以前の古の時代の最初の京観の本来の目的は、そうではなかったのではないかという疑念。
 京観は、ひどく変わった材料――少なくとも春秋時代以降、人間の死体で作られている――を使って建てたれ、塔のような姿をしている。
 孫盛の天才的なあるいは創造力に溢れる閃き。
 おそらく三皇五帝の時代、誰かが巨大な人間を作ろうと考え、やがて放棄され、その設計図だけが残された。我々人間はその不完全な設計図を参考にして、我々に理解できる範囲で解釈し、この死体の塔を作り上げた。
 だが、これは一つの人間の独創性といえなくもないのではないだろうか。

      *

 ある日、孫盛の上司の桓温が、気まぐれに女媧廟に参拝したことを孫盛に報告した。
 孫盛はその話にどことなく違和感を覚えた。
 ――成都のその場所に、果たして女媧廟など存在しただろうか。
 孫盛は疑ったが、しかし京観の調査に忙しかった上に特に尋ねられたわけでもなかったため、桓温にわざわざ告げることはしなかった。
 

      *

 ある日、成都の宮殿内の大木の下で、桓温がひとり佇んでいた。
 部下は近づくことを許されず、また誰一人その理由を知らされていなかった。
 たまたま通りがかった孫盛は、その場にいた同僚から桓温が何をしているのかと尋ねられたので、答えた。
「あの方は、おそらくあそこで女媧と待ち合わせの約束をしているのだ。とはいえ、いつまで待っても誰も来ることはない。まあ、妖怪に遊ばれて騙されていることに気づけば、そのうち諦めて戻ってくるのでは? そろそろ腹も減ってくる時間だろうし、もう日が暮れかけている……」
 桓温が佇む大樹の上に、確かに夕日が沈みかけていた。

     *

 数日後、激怒した桓温に切り倒された大樹の切り株のところへ、孫盛は来ていた。
 切り株の表面には、内部から浮かび上がって来たかのような文字が見えた。
 衆而大、期之会、具而授、若何復(衆にして大であれば、期日を約してあつまってくるものだ。具わって授けたなら、どうしてもどせようか)――とある。
 ――これは、景耀五年(262)に突然何もないのに倒れたというあの大樹の怪奇現象なのだな……。
 と、孫盛は推測したが、彼にとってはそれはわりあいどうでもいいことだった。

     *

 孫盛は、蜀に来て以来、究極の蜀の歴史書を書くべく、調査と考察に余念がなかった。京観の調査もまたその一環にすぎない。
 ――陳寿の「三国志」の記述には、隠しきれない彼自身の主観や偏りが広がっている……。
 歴史家の仕事は、過去の人物の周辺に、あたかも嬰児にまとわりつく臍の緒のように残る霧を払ってやることだ、と孫盛は考えていた。
 陳寿の自分は同時代人であるという驕りを打ち砕くこと――これが孫盛の今回の蜀入りの真の目的だった。
 そのため、実際のところ桓温や東晋軍の業務にはできるかぎり煩わされたくないというのが彼の本心だった。

     *

 孫盛の、その他の蜀での日々。
 成都の街には、いくつか評判の良い料理店があった。
 孫盛は、蜀に来る以前、予めそれらの店の名前と場所を調べておき、桓温に対して後蜀を滅ぼすときにこれらの店には手出しをしないようにと進言をしたことがあった。
 ある日孫盛は、成都の大通りから少し入った場所にあるその一つの店で、ひとり食事をとっていた。
 店の名前は今はすでに失われていて不明である。
 孫盛は、二階から夕暮の光を反射する道を見下ろしながら、酒を飲みつづけていた。
 孫盛は、蜀の料理をかなり気に入っていた。
 これらの料理店は店の大恩人である孫盛に代金を要求することはできなかったため、実質無料で飲食できる点も、もともと家が貧しかった孫盛の気に入っている理由の一つでもあった。

     *

 成都のとある孫盛が気に入っている料理店の近くに、不思議な生物の銅像が設置されていた。人間の身長と同じくらいの高さで、剣を持っていた。誰もこの像を動かすことも、壊すこともできなかった。剣もまた同様である。
 孫盛は、銅像の剣を抜いて持ち帰ろうとしたが、どうしても抜くことはできなかった。

     *

 ある日の孫盛と諸葛尚の待ち合わせ場所がこの銅像の前だった。
 待ち合わせの時間を過ぎてもまだ諸葛尚が来ていないことに苛立ちながら孫盛は像の前で待ちつづけていた。
 足元には孫盛の影が黒々と夕日に染まった道の上に伸びていた。
 ようやく諸葛尚が姿を現した。
 諸葛尚は、綿竹の京観からはるばる足を伸ばしてきたのだった。
「来たか」
 諸葛尚は孫盛に答えた。
「いただいた手紙の内容が興味深かったですから……。それにしても、父の転生先がわかったというのは本当ですか。それに仮に事実だとしても、その転生先の人物は、父だった記憶が残っているのですか?」
「それは正直よくわからん。だからお前がなんとかすることはできないかと考え、呼んだわけだ」
「案外、何も考えない人だったわけですね。私に、なぜそんな特技があるというのです。私は、ただの平凡な一幽鬼にすぎないのに。無駄足でしたね、帰りますよ」
「待て、せっかちすぎる馬鹿が。べつに、お前になにか才能を発揮しろとは誰も言っていない。ただ今回の調査で、お前の父親にはお前の祖父譲りの特殊能力が多少引き継がれていたらしい痕跡をいくつかみつけた。おそらく、息子を見れば、自分が何者だったか思い出せるだろう」
「父にそれほど私への執着はあるものでしょうか。嫡子の立場だったときならいざ知らず、今の私は子孫もなく祭祀を行うこともできない、一介の幽鬼でしかないですからね。弟の血統は残っている以上、少なくとも大して気にかけてはいないと思いますよ」
「ひとつだけ教えてやろう。そんなことは心底どうでもいいことでしかない。これ以上話しても時間の無駄だ。奴の居場所へ向かうぞ。ついてこい」

     *

こうして孫盛と諸葛尚は、成都郊外の竹林に分け入って行った。
竹林をしばらく進んでいくと、奥に少し開けた場所があり、その地表には白い変わった草が一本生えていた。
 微風が吹きすぎると、その草はふさふさとそよいだ。
 孫盛はその草を指差し、諸葛尚に言った。
「これが、今のお前の父親だ」
 それは諸葛尚は予想外のことだったので、驚いて、注意深く草を見つめた。
「蜀の古老から聞き取り調査を行っていた際にこの草に関する情報を得たわけだが、それによると、むかしはお前の父親ももっと大量に生えていたようだが、今ではもうこれだけしか残っていない、ということらしい」
「それは知らなかったです」
「ふむ。すべて絶滅すれば、また別のところに転生するだろうが、それか中国とも限らんし、いつの時代になるかもわからん。だからこそ、草で多少意思疎通しづらいとはいえ、この機会は千載一遇といえるもの。どうしても今回、彼と話をしておかねばならんのだ。どうだ、何か父親の気配は感じるか?」
「いや、別に何も。風に揺れていますか。蟻がよじ登っていますが、取っておきましょうか」
「好きにすればいい。それから、声を出して、父親に呼びかけるのだ」
「そうですか。まあ、ここまで来たわけですし、やってみますよ……」
「早くやれ」
「あなたも大概、私のことはいえないほとをにはせっかちだと思いますよ。まあいいでしょう。では、呼びかけます。……父上、父上、聞こえますか、私です。聞こえたら、返事をしてください。尚です……」
 しかし、諸葛尚が何度呼びかけても、草は反応しなかった。
「孫安国さん、何も反応はないですよ。これ、ただの草なんしゃないですか、もしかして」
「せっかちな上に早とちりと来ている」
「これ以上、草に話しかけていたら、本気で白痴になりそうですよ。というわけで、もう嫌です」
「そうか……」
 諸葛尚はため息をつくと、もう帰りたいと心のなかで願いながら、空を見上げた。ちょうど変わった鳥が過ぎっていたので、彼はそれが何か気になり、孫盛や草から完全に注意を逸らしていた。
 すると、その隙に孫盛は諸葛尚の背後に回り込み、諸葛尚を抑えこむと、その首筋に剣を突きつけて、草に向かって言った。
「諸葛思遠、返事をしなければ、お前の息子の命はないぞ。息子を見殺しにしたくなければ、いますぐ反応をしろ」
 諸葛尚は、自分の迂闊さに呆れながら孫盛に話しかけられている草を見た。
 すると、草からやおら指が現れ、次に腕、頭、首……といった順序で人間の姿が現れて来るのだった。
 それを見た孫盛は満足気に、その草から現れた人間に向かって話しかけた。
「やあ、諸葛思遠殿。わしは今回特にあなたを探していたのだ。私の調査に協力してもらいたい」
「その馬鹿息子は、結局殺すつもりなのか?」
 諸葛瞻が、第一声で孫盛に尋ねると、孫盛は、
「いやこれは失礼。あなたに会えた喜びで、自分が脅迫中だったことさえ忘れてしまっていたらしい。それほどまでに、私はあなたに会うことを熱望していたということ……。まあ、とりあえず、君はもう人質をやめていい」
 諸葛尚は、孫盛から解放された。
「なぜ私が父上に馬鹿息子呼ばわりされなければならないのか、それが正直よくわからない……」
 孫盛に捻り上げられて痛む腕をさすりながら諸葛尚はぼやいたが、孫盛も諸葛瞻もそれにはなにも反応しなかった。

     *

 孫盛が諸葛瞻から聞き出したかったこととは何か。
 孫盛は常々こう考えていた。
 「三国志」の著者である陳寿は実際のところ、かつての上司でもあった姜維の心情的な党派であり、その肩入れから陳寿の姜維伝はひどく偏向したものとなった。陳寿は彼が仕えた西晋への配慮で一応隠そうとはいたが、それは孫盛からみればひどくおざなりな隠蔽でしかない。
 あるいは、姜維は正しい歴史書の記述により、真実を暴かれ、糾弾されなければならない……。
 姜維批判のより強力な証拠を得るために君を探していたのだ、と孫盛は諸葛瞻に説明した。
「姜維に不利な証言を集めるために、はるばるここまて押しかけてきたというわけか。私にそこまでの情熱はないが、とはいえ、死後、風の噂で聞いたところによると、姜維はまだ生きていたころ、私が綿竹で敗れたことを散々あり得ないとか呆れたとか馬鹿にしていたとか。腹立たしいことだが……」
「よし、それは良い材料になる。いかに姜維が思い上がり狭量かを示す、良い逸話になるだろう。実際のところ自身は君の数倍回数、鄧艾に負けている上に、彼こそ蜀滅亡の根源だというのにな。では、別の話はないだろうか?」
「姜維が具体的にどんな悪口を言ったかは、話さなくていいのか?」
「問題ない。それはわしが後で考える。むしろ、今すでにわしの脳内で、姜維は雄弁に君を否定する演説を行い続けている。見ろ、思い上がったあの表情を……。あとはこれに故事を散りばめつつ書き留めればいいだけだ」
「なるほど。いや、見るのは不可能だと思うが……。他にはなにかあったかな……」

     *

 孫盛と諸葛尚が立ち去ると、また諸葛瞻は草に戻った。
 彼は、身も心も草に戻って行きながら、少しの間だけ、過去の出来事を思い出していた。
 死後、変な草になったこと。
 たまに、武将の姿になり、晋への叛乱を画策したこと、ときに自ら先頭に立ったこと……。
 しかし、彼による彼なりの漢朝再興計画は、ついに一度もまともな成果をあげることはなかった。
 それは何故だろうか。
 諸葛瞻は、諸葛亮の不肖の息子で、才能に欠けていたからであろうか。
 おそらくそうではないだろう。
 諸葛瞻にも才能はあった。軍事的な才能も、父諸葛亮やあるいは姜維ほどではなかったかもしれないにせよ、決して欠落していたわけではなかった。
 ただ、彼には勝利する天命を持ち合わせていなかっただけではないのか。

     *

 ある日、ザナドゥで瘟神の鍾会がマルコポーロに語った諸葛瞻評……という可能性。

     *

 京観に戻ってひとりになると、諸葛尚はほっとした。
「これ以上、あのめんどくさい男につきあわされたくはないな……」
 木の葉の模様が描かれたカプチーノが、京観内世界の机の上に置かれていた。
 そして、彼は液晶画面に向かい、文字を打ち込んでいった。
 ”これ以上、あのめんどくさい男につきあわされたくはないな”
 これが彼の最新の呟きである。

(完)

(2016年8月31日)

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